今回の原稿依頼があり、10年前を思い返すと、当時のわたしは仙台市で国際交流活動や青年活動そして地域づくり活動を中心にしており、そろそろ活動エリアを地元の石巻市や矢本町(現東松島市)に切り替えようと思っていた時期と重なります。
93年に宮城県の青年団体の視察研修で米国のデラウェアを訪問したことがNPOを知るきっかけとなり、その後、日本JCでのNPO法の運動にかかわり、創設まもない「せんだい・みやぎセンター」の活動に誘われたりと、気づくといくつものNPOの役員をしている現在ですが、99年には地元の石巻市に地域の仲間とともにNPOの支援組織を立ち上げることができ、今日のわたしの活動基盤ができました。
10年位前は、それまでの青年活動やまちづくり活動に限界を感じ、このままの活動スタイルではいずれ尻すぼみになってしまうのではと危機感をいだいていました。そんな時NPOというスタイルが現れ、劇的に社会を変えるツールではないにしろ、変えることができる可能性を秘めた、あやしい光を放つものが出てきたという感じがしたことを憶えています。
いま振り返ると、わたしの市民活動は24歳(今から25年も前の事ですが)のときに参加した、青年海外協力隊からスタートしたのかも知れません。当時と気持ちは変わらないつもりなのに、この頃は心身のほうがついていきません。次の世代への交代も視野に入れた活動へ転換していく時期に来ていますが、あと10年は第一線でがんばらなければならないかなと思う今日この頃です。


