都市農村計画研究会に所属していた1993年頃、「竹下ふるさと創生資金(注1)」で全国の市町村が整備した物産館や温泉施設、特産品加工施設などの施設運営の行き詰まりが指摘されていました。その打開策を探る一環として、新しい公共の担い手としてアメリカにおけるNPOの調査研究に関わったのがNPOとの出会いです。その後、仙台NPO研究会(注2)が設立され、2代目にして最後の代表を努めました。仙台NPO研究会の発足当初、私はNPOを日本における講(こう)や結い(ゆい)のようなものと矮小化して解釈する不真面目な研究員として存在していました。
95年8月にひょんなことからNPOの訪米調査の機会を得て、約3週間に渡って、5都市を回り、30以上のNPOや財団などのヒアリングを行いました。
活動の現場にうかがい、実際に話を見聞きし、目の中にたまっていた鱗がボロボロと落ちていきました。研究対象としてNPOを捉え、書物と耳学問のなかで、矮小化して見ていたものが、目の前で明るく自由闊達に息づいているのです。
この頃から、NPOを矮小化して解釈していた懺悔の気持ちも含めて、一貫して市民活動支援という市民活動に取り組んでいます。
「仙台市市民活動サポートセンター」の公設民営型での開設が、我が国の市民活動支援や公共施設運営に新しい局面を創り出せたと考えています。公設民営による施設運営を成功させたことが、後に指定管理者制度の創設の源流の1つとなり、民間でも公共サービスの供給者となり得ることを証明してきました。
最近は忙しく、あの頃、研究対象としていた「竹下創世」の落とし子たちに会いにいけない状況です。あの子たちが、元気に運営されているのか、再検証する時間が欲しい今日この頃です。
(注1)ふるさと創生資金:竹下登内閣が行った政策のひとつで、1988年から1989年にかけて、全国の市区町村に対し1億円を交付したもの。正式名称は「自ら考え自ら行う地域づくり事業」。
(注2)仙台NPO研究会:1994年4月発足。NPOとまちづくりの関係、NPOとはどういうものなのかなといった議論を重ね、その後、行政にとってのNPOの意義などを自治体に向けて政策提言するといった活動を行っていた。


